女学生とはなにか 大正から昭和初期にかけての優美な乙女たちの世界において、〈女學生〉とはおおまかに女子学生を指すのではなく、〈高等女學校に通っていた學生〉を指す。女学生ライフを理解するためのキーワードのひとつに〈エス〉があり、これは女学校における上級生と下級... 2005.06.14
記事 バーガー&ルックマン ようやく読了。 ピーター・バーガー、トーマス・ルックマン『現実の社会的構成――知識社会学論考』山口節郎訳、新曜社、1977/2003現実の社会的構成―知識社会学論考作者: ピーター・L.バーガー,トーマスルックマン,山口節郎出版社/メーカー... 2005.06.07 記事
記事 Hacking Wittgenstein ※タイトルはイメージです。先日も紹介したP・M・S・ハッカー氏だが、比較的最近に刊行されたウィトゲンシュタイン論をさらに3冊ご紹介。 P. M. S. Hacker, Wittgenstein's Place in Twentieth-Ce... 2005.05.24 記事
隙間産業 世の中にはいろんな隙間があり、いろんな産業がある。哲学にも隙間産業がある。人があまり手を出さない/出せない物事(=ニッチ)を扱う場合だ。ベーダーンタ学派研究とか。もっとも、哲学の専門研究はそれ自体で隙間産業なのかもしれない。それとはちがった... 2005.03.03
しかし、ぼくたちの庭を耕さなければなりません ヴォルテール『カンディード 他五篇』植田祐次訳、岩波文庫、2005カンディード 他五篇 (岩波文庫)作者: ヴォルテール,植田祐次出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2005/02/16メディア: 文庫購入: 6人 クリック: 69回この... 2005.02.23
記事 迷信、ルソー、トルストイ トルストイ『文読む月日(上)』北御門二郎訳、ちくま文庫、2004文読む月日〈上〉 (ちくま文庫)作者: レフ・ニコラエヴィチトルストイ,北御門二郎出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2003/12メディア: 文庫購入: 1人 クリック: ... 2005.02.01 記事
知ること 知ることからはじまることと、知ることでおわること。出発点としての知ることと、終着点としての知ること。「知ること」からすべてがはじまるのではない。「知ること」においてすでにおわっていることがある。cf. ウィトゲンシュタイン 2005.01.08
犬の散歩という罠 散歩に連れていく? わたしの友人が「犬を散歩に連れていく」という表現をめぐってこんな風なことを書いた。……実際にはわたしたちのほうが連れられていく場合が多いのではないだろうか。犬の要求や促しに応えるかたちで。また、散歩中も犬にひっぱられっぱ... 2004.12.30
トルストイとドストエフスキー 『トルストイとドストエフスキー――最初の神/最後の神』 (*) 作品と生の対立/作品における生の対立 最初の神/最後の神 懐疑主義のエンジン/相対主義のエンジン 健康の病い/病いの健康 悲劇/喜劇 (*)=「こんな本が書けたらいいなぁ」とい... 2004.12.09
心の旅路3部作(*) 『かしこくなるとはどういうことか』 『言うことと、なにも言わないこと』 『「である」と「べき」と「かのように」』 『かしこく』では知(識)を、『言う言わない』では言葉を、『であるべきかのように』では(いわゆる)倫理を、それぞれ扱う(事実認識... 2004.11.26
悪態四態 #2 「○○先生すてきだわぁ」(←うっとり) よかったね。 「わたしってこうなんです」(←みて!) 知るか。 「○○ではないだろうか」(←しかつめ) それで? 「なんでわたしのようにできないの?」(←とくとく) じゃ一生やってろ。もちろんぜんぶや... 2004.11.20
袋小路論 『袋小路論――「ある種の知的な気分」の回路基板』 (or『かしこくなるとはどういうことか――「知ること」の袋小路』) 「ある種の知的な気分」(ライル) 「ある種の知的な気分」から「哲学」へ わたしたちはみな実践的哲学者である それどころかむ... 2004.10.10