プラグマティズムの帰結

自分にとっての「プラグマティズムの帰結」が気になりだしてずいぶん長い時間が経った。先日、リチャード・ローティトロツキーと野性の蘭」(『リベラル・ユートピアという希望』岩波書店)を読んで、彼がぼくよりはるかに(当たり前だが)遠くまで、ときに赤面を催さずにはいられなくなるくらい徹底的にこの問題意識を引き延ばす実験を行っていることを知った。北田暁大「政治と/の哲学、そして正義――ローティの文化左翼批判を「真剣に受け止め」、ローティを埋葬する」(馬場靖雄編『反=理論のアクチュアリティー』ナカニシヤ出版)、『責任と正義――リベラリズムの居場所』(勁草書房)は、このローティの実験を批判的に検討する貴重な仕事で(も)ある。