現代思想は死んだのか!?

久しぶりに新宿の紀伊國屋書店本店に立ち寄ってみたら、5F特設コーナーにて双風舎・谷川茂氏(id:lelele)監修のブックフェア「現代思想は死んだのか!?」が開催されていた。

書棚には廣松渉上野千鶴子ニクラス・ルーマン宮台真司、そして高橋和巳らの作品が並ぶ。おもしろいセレクションなので、近所の人は見にいってみてほしい。

紀伊國屋書店
http://www.kinokuniya.co.jp/

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コメント

  1. contractio より:

    ルーマンを現代思想にいれるのはやめてほしい。>谷川さん

  2. 通りすがり より:

    ルーマンを現代思想に入れたのではなく「現代思想は死んだのか」というテーマのなかにいれただけなのではないですか?

  3. lelele より:

    この場で酒井さんに応答するのは、吉川さんに申し訳ない気もしますが、貴ブログにおけるコメントへの応答なので、場をお借りします。私がブックフェアのための本を選んだ意図は、通りすがりさんのご指摘のとおりです。ルーマンを含めたのは、近刊『限界の思考』で、著者のおふたりによってルーマンの著作や理論が数多く紹介されているからだという、ひじょうに単純な理由です。その単純さは、高橋和己さんの本(現代思想に入りませんよね)をリストに組み入れていることからも、おわかりいただけるかと思います。
    以下はフェアの選書とは関係のない私見ですが、「現代思想」といった場合、構造主義以降のフランス現代思想を指していう「狭義」のものと、リベラリズムまでを含めるような「広義」のもの、さらにはその中間とでもいうべきものがあると思います。ルーマンは、「狭義」の現代思想には含まれないとは思いますが、すくなくとも「広義」の現代思想には含んでもよいような気もします。よって、ルーマンが現代思想に入るのか入らないのかは、語り手が現代思想をどう定義しているのかによって、見解が変わってくるものだと思いますが、いかがなものでしょうか。この点については、吉川さんや酒井さんのご意見も、ぜひ伺いたいものです。ご教示くださいませ。

  4. contractio より:

    「「広義」の現代思想には含んでもよい」と思ってる人たちがたくさんいることは認めたうえで、でもやめてほしい(というのが個人的リクエスト)。
    #だって社会学は思想じゃないもの。

  5. contractio より:

    #「「広義」の現代思想に」含めたがるひとたちがたくさんいることは、
    #谷川さんの責任じゃないですけどw。

  6. clinamen より:

    谷川さん、酒井さん、通りすがりさん、ありがとうございます。(惜しむらくは、通りすがりさんのコメントが当記事ではなく日付へのコメントになっており、話の流れがちょっとわかりにくくなっていることですが…w)
    わたしは(下記のとおりたいした考えがあるわけではないのですが)、広義でも狭義でも「現代思想」に関心を持つ者ならば『邪宗門』や『万延元年のフットボール』『中核VS革マル』『新しい女性の創造』『いのちの女たちへ』『地に呪われたるもの』『公正としての正義』(これらは入っていませんでしたっけ)などとともにルーマンやハーバーマスの諸著作を読んでも不思議はない、というか自ら現代思想に興味があるというのならば読んでほしいと思っています。
    他方で、現代思想のまわりの人びと(の一部)によってルーマンの概念や作品がどのようなかたちでネタにされているかを考えると、ルーマンを現代思想のカテゴリーに一括してほしくないという考えにも十分な理由はあるように思います。極端なケースにおいては、「ルーマン読んでる」とか言うと「ということは、あなたは批判とか他者とか応答責任の問題を閑却する人なんだね」などのカテゴライズをされて実利的・営業的にも大いに困ることがあるかもしれない(というか酒井さんの困惑はいつも近くで見ているしw)。
    というわけで、わたしにはとくに強い主張があるわけではないのですが、「『限界の思考』を出す双風舎の谷川茂氏のブックフェア」という性質上、関連性があって重要でおもしろい作品なら「疑わしきは入れる」というスタンスでいいと思いました。
    腰砕け的なオチで(毎度のことながら)スミマセン。