卓球部サーガ――モッチャンつまみ事件

高校時代の同級生であり卓球部の仲間であったモッチャンについてお話しします。

モッチャン話の語り部はわたくししかいない、もしわたくしに万が一のことがあればモッチャン話がこの世から消えてなくなってしまう(*1)……この数年間、そんな強迫観念に駆られながら、なにも書けないでいました。

語るべきことがありすぎて、どこから始めてよいのか、どこで終えてよいのか見当もつかないけれど、とりあえず、思いついたところから始めてみます。間違ってもみなさまの人生の糧になったりする話ではないのですが。

 *-*

モッチャンは愚直な男であった。

高校1年の夏のこと。毎日毎日卓球(*2)の練習に明け暮れていたぼくらだったが、ときどき日曜日には連れだってブラックバス・フィッシングに出かけた。フィッシング・ロッドを肩に担ぎ、チャリンコに乗って、山辺池と呼ばれていた隣県の小さな池まで遠征するのである。

その日は、チームメイトのKチョ(仮名)のお父さん(K先生)が車で山辺池に連れていってくれるという。K先生はぼくの中学時代の卓球の恩師であり、かつバス・フィッシングの師匠でもある。ときどきK先生は車でぼくらを山辺池まで運んでくれた。

ぼくらは喜んだ。なぜなら、K先生が車で連れていってくれるということは、ボートで釣りができることを意味していたからである。ぼくらのふだんの移動手段は当然ながらチャリンコであった。チャリンコにボートは載せられない。だからチャリンコで行くときは陸から釣ることになる。しかし、バス・フィッシングをしたことのある人ならよくご存じのとおり、釣れそうなポイントに自由にアプローチできる点で、陸から釣るよりボートから釣るほうが断然有利なのである。

ちなみに、ぼくらが使っていたボートというのは、ボートとはいっても木材やFRPなどでできたちゃんとしたフィッシング・ボートではなく、またアウトドア用のゴムボートですらなく、ホームセンターなどで数千円で売っているような、水遊び用のビニール製ボートであった。釣り針や木の枝が刺されば簡単に穴が開いてしまう代物。そのビニールボートにふたりで乗るのだが、お互いの足を交差させないと乗れないくらいの小ささである。いま考えてみれば相当に危険な行為であった。

エニウェイ、その日山辺池に向かったのは、たしかK先生とモッチャン、Nチャ(仮名)、ぼくの4人だったと思う。上に書いたとおり、ボートにはふたりしか乗れない。大人であるK先生はそんなものには当然乗らないとして、ボート搭乗の候補者はモッチャン、Nチャ、ぼくの3人。ひとりはボートからあぶれてしまう。当然、モッチャンがあぶれた。権力関係上、キャプテンであるぼくと副キャプテンであるNチャが半自動的にボートの恩恵に浴することになったのである(*3)。

そんなこんなでさんざんフィッシングを楽しんだわけだが、気がついたら辺りは暗くなりはじめている。ぼくらは帰り支度をすることにした。

いちばんの大仕事はボートの片づけである。空気を抜かなければならない。小さな遊び用ボートとはいえ、空気口がとても小さいので、ボートの空気を抜き切るのはなかなかたいへんである(写真参照)。ボートの恩恵にまったくあずかっていないモッチャンも当然ながら手伝うことになった。ひとりが空気口をつまんで空気が出るようにし、残りのふたりがボートの上にのしかかって圧力をかける。

モッチャンにはいちばん楽な仕事、つまり空気口つまみ係をお願いした。

モッチャン、そこつまんどいて。

Nチャとぼくはさっそくボートの上に乗って空気を抜こうとした。抜こうしたのだが、なかなか抜けない。

なんか抜けにくいね。いつもこんなだったっけ。

ちょっと不審に思いながら、Nチャとぼくはさらに体重をかける。

抜けない。こちらも意地になって、さらに圧力をかける。しかし、抜けない。なかなか抜けない、というか、ぜんぜん抜けない。なにかがおかしい。きっとモッチャンが空気口をちゃんとつまんでいないからだ。

ねえモッチャン、ちゃんとつまんでる?

もしやと思ったぼくは、振り返ってモッチャンを見た。

顔を真っ赤にしたモッチャンが、そこにはいた。

彼は、ワナワナと震えながら、必死の形相で、力いっぱい、空気口を、 「ちゃんと」 つまんでいた。

  • (*1)ちなみに、彼はいまでも元気に暮らしている(はず)。
  • (*2)関係ないが、あのころに松本大洋『ピンポン』(下記参照)があればぼくらの人生も大きく変わってたんじゃないかなどと詮無いことを考えてみたりもする十数年後の夜。
  • (*3)ひどいとは思うのだが、事実を書かねばならない。

ピンポン (1) (Big spirits comics special)

ピンポン (1) (Big spirits comics special)

ピンポン (2) (Big spirits comics special)

ピンポン (2) (Big spirits comics special)

ピンポン (3) (Big spirits comics special)

ピンポン (3) (Big spirits comics special)

ピンポン (4) (Big spirits comics special)

ピンポン (4) (Big spirits comics special)

ピンポン (5) (Big spirits comics special)

ピンポン (5) (Big spirits comics special)

コメント

  1. jitenko より:

    人文書院のURL、1年以上前から訪れているにもかかわらず、気づきませんでした・・・。モッチャンより、clinamenさんが卓球をしていたという新事実の方に興味がひかれた、そんな私は幽霊部員。

  2. まにゅこ より:

    わぁ、昨日メガネ新調したのにぃ。先に見ておけばよかったぁ・・・?ですかねぇ。チャリンコで釣りに向かう氏を想像・・・ムフ。モッチャンはいぢわるだったのですねぇ(違

  3. clinamen より:

    はてな卓球部。:)>jitenkoさん
    別人メガネ&美人メガネ併用でお願いします。>まにゅこちゃん

  4. まにゅこ より:

    それは難しいお話ですねぇ。先に見てたらできたかもしれませんが。いやできなかったと思いますが。メガネっ*

  5. clinamen より:

    お目にかかるのを楽しみにしております。

  6. KANAKANA より:

    あっ、ついにモっちゃん登場!(反応遅すぎ。スミマセヌ)。最後の大団円に向かって、実直なモっちゃんが「ちゃんと」努力(?)を重ねていく姿、たまりません。続報おまちしてます!

  7. clinamen より:

    ありがとうございます。話を重ねていって、ゆくゆくはギリシャ神話とかヨクナパトーファ・サーガ(フォークナー)とか紀州サーガ(中上健次)とか神町サーガ(阿部和重)みたいに壮大な「卓球部サーガ」にしたいのですが(*)、なかなか…  (*)冗談です(為念

  8. june_t より:

    100回続けて、「グイン・サーガ」(栗本薫)の向こうを張るというのはいかがでしょうか。大河卓球ファンタジー。(つまり100回で終わらないってことですけど<ぉぃ)

  9. clinamen より:

    june_tさん、ついにその名を… <「グイン・サーガ」
    計算してみたところ、現在の栗本さんの境地(正編99巻、外伝19巻)に追いつけるのは2031年。しかしそのころには栗本さんも前進していらっしゃいますから(以下略 <アキレスと亀のパラドックス

  10. june_t より:

    うふふ、わたしの著書のネタの一つですから。<グイン
    全100巻の卓球部サーガ。すごいな。『ドカベン』なら余裕で行くでしょうが。

  11. clinamen より:

    ご著書、拝読いたします。
    卓球部サーガ、100巻分のネタは…(笑)

  12. june_t より:

    あ、では送り先教えてください。謹呈させていただきます。

  13. clinamen より:

    え、いいのでしょうか… (と言いつつ)お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます! メールさしあげますね。:-)

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